「やめた」系の記事ばかり書いていると誤解される。——僕は今でも石を持っている。

OwnSoulでは「占いに頼らない生き方」「自分で決める力」といった話を書いてきた。——そのせいか、ときどき「結局、占いもパワーストーンも否定しているんでしょ?」と聞かれる。

ちがう。——ちゃんと書いておかないと、伝わらないと思った。

僕のルチルクォーツは、今もデスクの上にある。——ライトが当たる、よく見える場所だ。この記事は、それを見ながら書いている。


「卒業」という言葉への違和感

「占いを卒業した」とか「パワーストーンから卒業した」——こういう表現を、僕はあまり使いたくない。

卒業という言葉には、「上から下へ」のニュアンスがある。——卒業した人が偉くて、まだやっている人が未熟、みたいな。

これが嫌いだ。

パワーストーンを持ち続けている人を、僕は否定しない。——占いに通い続けている人も、否定しない。自分に合った使い方で付き合っているなら、それでいい。

問題は、使い方だ。——「使っているかどうか」ではない。

月に何万円も使っているのに自分でその額を把握していないとか、——半年前と同じ質問を今も占い師にしているとか、——そういうときに初めて、立ち止まったほうがいい、と僕は書いてきた。

使うこと自体は、何も問題ない。——だから、「卒業」ではなく「距離の取り方」という言葉のほうが、僕はしっくりくる。


2025年5月、僕が買ったルチル

繰り返しになるが、自己開示を省かない方針なのでもう一度書く。

僕がルチルクォーツを買ったのは2025年5月28日。——ストーンマーケットで約17,000円。2週間悩んで購入した。

あれから間もなく1年になる。——その間、ルチルは基本的にいつも視界のどこかにあった。

買った直後の数ヶ月、僕はこの石に期待していた。——金運が上がるといい、人生が変わるといい、と思っていた。

半年経ったあたりで、期待はだんだん薄れた。——「今日一日がなんとか終わればいい」くらいの距離感になった。

1年近く経った今、ルチルは「あるのが当たり前の物体」になっている。——歯ブラシや、マグカップや、財布と同じくらいの、日用品のポジションだ。

これが、僕にとっての「健全な距離」だった。


なぜ、今も手放さないのか

「距離が取れたなら、捨ててもいいじゃないか」と言う人もいる。——筋が通っているように聞こえる。けれど、僕は手放さない。理由は3つある。

1. 「決めた日」の記録だから

2025年5月28日、僕は17,000円を払った。——それは「自分の流れを変える」と決めた日の、物的な記録だ。

日記と同じだ。——日記は「読むため」に書くんじゃない。「書いた自分」を残すために書く。

ルチルも同じだ。——あの日、悩みながら決めた自分を、この石は覚えている。僕が忘れても、石は覚えている。これが手放せない理由のひとつ目だ。

2. 儀式としての機能は残っている

僕は毎朝、デスクに座ったとき、ルチルを一度だけ触る。——意味はない。祈ってもいない。ただ触るだけだ。

この「触る」という一動作が、「仕事を始める」という切り替えになっている。——ルーティンだ。

効果があるかどうかは知らない。——ただ、この一動作をしないと、仕事モードに入る速度が、少しだけ遅くなる気がする。

これは「ルーティンの効果」として、スポーツ心理学でもよく言われることだ。——イチロー選手のバッターボックスでの決まった動作、ラファエル・ナダル選手のサーブ前の動作。——ああいう儀式が、集中のスイッチを入れる。

僕にとってのルチルは、ナダルのタオルと同じようなものだ。——合理的かと言われれば、そうじゃない。ただ、機能している。

3. 「決めつけない自分」の象徴だから

3つ目が、一番書きたいことだ。

僕はスピリチュアルを否定したくない。——肯定もしたくない。「どっちでもない」という姿勢を保ち続けたい。

石を捨てる、という行為は、——「もうこういうのは信じません」という決めつけになる。逆に、石を盲信するのは、「絶対に効く」という決めつけになる。

どちらも、僕の立場じゃない。

デスクに石を置いたまま、日常を淡々と回す。——これが、「わからないことをわからないまま扱う」という姿勢だ。

人間の脳はまだ解明されていないことのほうが多い。——外部のエネルギーが本当にあるのか、ないのか、僕にはわからない。わからないものをわからないと言えるためには、捨てない、という選択が必要だった。


「今でも持っている」と書くのは、宣言だ

この記事のタイトルで「今でも石を持ち歩く理由」と書いたのは、——ただの事実報告ではない。ひとつの宣言だ。

「スピリチュアルを論じる人間が、スピリチュアルを捨てる必要はない」——という宣言。

OwnSoulは、占いを否定するメディアではない。——占いやパワーストーンの「使い方」を一緒に考えるメディアだ。

否定するなら、簡単だ。——「科学的根拠がない」と書いて終わらせればいい。一方、盲信するのも簡単だ。「これを持てば運命が変わる」と書けばいい。

どちらも書かない。——中間に留まる。これが、OwnSoulの立ち位置であり、僕自身の立ち位置だ。


もし、あなたが同じように石を持っているなら

最後に、3つだけ書いておく。

ひとつ。——石を持っていることを、恥ずかしがる必要はない。合理主義者を気取って捨てる必要もない。

ふたつ。——ただし、石に「すべてを委ねる」のはやめたほうがいい。決断は自分でする。石は、決断を覚えておく物体だ。

みっつ。——壊れたら、新しいものを買ってもいい。ただ、「前の石の意味」は、新しい石には引き継がれない。それは、古い石を買ったときの自分と一緒に、そこに残る。

僕のルチルは、これからもデスクにある。——いつか割れるかもしれないし、気づいたら消えているかもしれない。そうなったら、そのときまた考える。

1年近く、一緒にいてくれてありがとう、とは思っている。——石にじゃない。あのとき決めた自分にだ。


P.S.

もし、あなたが最初の石を選ぼうとしているなら——焦らず、値段より「これを持っていたい」と思えるかどうかで選んでほしい。

信頼できる店で買うのがおすすめだ。——天然石は鑑定や産地が大事になるから、各石の解説が丁寧なショップを選びたい。僕がチェックしているのはオンラインのPascleで、安価なものから一点ものまで揃う。良い石は売り切れが早いので、気になったら早めに。

Pascleで天然石を見る

石は、買った日付ごとあなたの記録になる。——その一点だけでも、買う価値はあると、僕は思っている。


本記事は代表個人の体験に基づく考察であり、パワーストーンの効果を科学的・医学的に保証するものではない。購入は自己責任で判断してほしい。

— 了 —