気分が落ちたとき、占いではなくMBCTを使う——うつ再発予防の認知科学
気分が何日も落ちて、うまく上がってこない。
こういう日が続くと、人は「説明」を探す。なぜ自分は今こうなっているのか、いつまで続くのか、誰かに教えてほしい。
占いアプリを開く。今日の運勢を読む。「火星が逆行しているから集中力が落ちやすい時期」「運気の谷にさしかかっているが、◯月には抜ける」——こういう言葉を見つけると、少しだけ息ができる。
僕も、この感覚はよくわかる。落ちているときの自分を、一人で抱えるのはしんどい。誰かが外側から「そういう時期です」と言ってくれると、呼吸が深くなる。
ただ、ここから先に進むためには、もう一つ別の道具を手元に置いておいたほうがいい、と思う。
それがMBCT(マインドフルネス認知療法/Mindfulness-Based Cognitive Therapy)だ。
占いは、「今の気分の説明」を与えてくれる。MBCTは、「今の気分との距離」を与えてくれる。——役割が、違う。
この記事では、MBCTが何をしているのかを認知科学の言葉で解剖したうえで、占いとMBCTの両方を気分の落ち込みに対して持つ、という選択肢を示したい。
先に書いておく——臨床うつ病は、記事ではなく医療機関へ
この記事は、医療アドバイスではない。
2週間以上、ほぼ毎日、以下のような状態が続いている場合は、この記事を閉じて、精神科か心療内科に行ってほしい。
- 気分の落ち込みが続く
- 以前楽しめていたことが楽しめない
- 眠れない、あるいは眠りすぎる
- 食欲が大きく変わる
- 自分を責める考えが止まらない
- 死について考える
これは臨床的なうつ病の範囲で、MBCTも占いも、単独での対処法ではない。診断と治療は、必ず医師と組む。MBCTは再発予防のプログラムであり、急性期の治療法ではない——ここは、後で詳しく書く。
この前提を踏まえたうえで、「診断がつくほどではないが、気分が沈みやすい時期がある」という層に向けて、以下を書く。
MBCTは「うつの再発」を減らすために設計された
MBCT は、もともとうつ病の再発予防のために設計された心理療法だ。
1990年代、オックスフォードの Mark Williams、ケンブリッジの John Teasdale、トロントの Zindel Segal の3人の臨床心理学者が、カバットジンの MBSR(マインドフルネスストレス低減法)と、ベックの認知療法を統合する形で開発した。『マインドフルネス認知療法——うつを予防する新しいアプローチ』(北大路書房、原著 Segal, Williams, Teasdale, Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Depression, Guilford Press, 初版2002 / 第2版2013)が、臨床家向けの公式マニュアルにあたる。
8週間のグループ・プログラム。週1回2時間、それに加えて毎日45分ほどの家庭練習。呼吸に意識を向ける瞑想、ボディスキャン、3分間の呼吸スペース(breathing space)など、地味な練習の積み重ねで構成されている。
派手な技法は、ない。「気づく」ための練習を、ただ反復する。
——それだけのプログラムが、なぜうつの再発予防に効くのか。
エビデンス——「3回以上の再発歴がある人」に強く効く
最初の決定的な研究は、2000年に Journal of Consulting and Clinical Psychology に掲載された Teasdale らの論文だ(Teasdale, Segal, Williams, Ridgeway, Soulsby, Lau, 2000, JCCP, 68(4), 615–623)。
寛解期のうつ病患者145人を、通常ケアのみと、通常ケア+MBCT の2群に分け、60週追跡した。
結果は、はっきりしていた。
過去に3回以上の抑うつエピソードがあった群(サンプルの77%)では、再発率が約半分になった。通常ケア群のおよそ66%が再発したのに対し、MBCT群では約37%。相対リスクでおよそ40〜50%の低減。
これは、2004年に Ma と Teasdale による再現研究(Ma & Teasdale, 2004, JCCP, 72(1), 31–40)でも同様に確認されている。
さらに2016年、Kuyken らが9件のランダム化比較試験の個別患者データメタ解析(Individual Patient Data Meta-analysis)を JAMA Psychiatry に発表した(Kuyken et al., 2016, JAMA Psychiatry, 73(6), 565–574)。1,258人分の個別データを再統合して解析したこの研究は、MBCT研究の現時点での最強の証拠と言っていい。
結論。MBCT を受けた群は、受けなかった群に比べて、60週間の追跡期間中の再発リスクが31%低い。さらに、維持抗うつ薬治療単独と比較しても、MBCT 群のほうが再発率が23%低かった。
もう一つ重要な所見がある。——うつエピソードの既往が多い人ほど、MBCT の効果が大きい。これは、Teasdale 2000 の最初のシグナルが、メタ解析で追認された形だ。
なぜ効くのか——核技術は「Decentering(脱中心化)」
ここからが、OwnSoul として一番書きたい部分だ。
MBCT が効くメカニズムは、薬理学的なものではない。呼吸で何かが変わる、というオカルト的な話でもない。
核になっているのは、Decentering(脱中心化、あるいは脱同一化) という認知プロセスだ。
Decentering の定義を、Teasdale らの言葉で書く。
思考や感情を、自分そのものや事実としてではなく、心の中で起きている一過性の事象として観察する能力。
要するに、こういうことだ。
通常モードでは、「自分はダメだ」という思考が出てくると、その内容を事実として受け取る。「ダメだ」と思う → 自分は本当にダメなんだ、という実感 → さらに「ダメなのにまだ生きている自分は無価値だ」という次の思考が接続される。——この連鎖が、抑うつ気分を自己増幅させる、いわゆる反芻思考(rumination)だ。
Decentering モードでは、「自分はダメだ」という思考が出てきた瞬間、こう処理される。
「今、『自分はダメだ』という考えが、心の中に浮かんでいる」
内容は同じだ。でも、処理のされ方が違う。事実としてではなく、事象として扱われている。その考えが浮かんでいる、という事実は記録する。でも、その考えの内容が事実かどうかは、いったん判断を保留する。
この一拍の距離が、反芻の連鎖を断ち切る。
気分の落ち込みは、一つの思考から来ているのではない。気分 → 思考 → 気分 → 思考 の自動ループから来ている。Decentering は、このループのどこか一点に観察者を割り込ませる技術だ。観察者が入ると、ループは自動では回らなくなる。
——ここが、占いが届かないレイヤーだ。
占いが提供するのは、思考の内容への、もう一つの物語だ。「ダメだ」という思考に対して、「今は運気の谷だから一時的にそう感じやすい」という別の物語を上書きする。これは、機能する。機能するから、人は占いに救われる。
ただ、Decentering は物語の書き換えではなく、物語との距離の取り方そのものを変える。「ダメだ」も「運気の谷」も、同じように心の中で浮かんで消える事象として扱えるようになる。
占いは、物語のレイヤーで働く。MBCT は、物語との関係性のレイヤーで働く。
これが、両方を持っておく価値のある理由だ。——どちらか一方では届かないレイヤーがある。
「脳内の雑音を消す」のではなく、雑音と自分の間に席を一つ足す
僕自身、この「距離」の感覚を、ヨガとApple Watchのマインドフルネスアプリと、脱SNS2年の組み合わせで、少しずつ体得してきた。
朝礼ヨガで呼吸に意識を戻す。Apple Watchが1分間の呼吸を促してくる。SNSを2年やめてみて、他人の声が頭から抜けた結果、自分の中の声が以前よりはっきり聞こえるようになった。
面白いのは、自分の中の声が聞こえるようになった結果、その声の多くが、ろくでもないことを言っている、とわかったことだ。
「このままではまずい」「もっと稼がなきゃ」「あの人はもっとうまくやっている」——こういう声が、1日に何十回も流れている。以前は、これらを自分の意見だと思っていた。だから、この声を感じるたびに、実際に焦ったり沈んだりしていた。
MBCT的な言い方をすると、「自分と思考が同一化(fused) している」状態だ。
ヨガや瞑想で少し距離ができると、これが「頭の中で流れている、ただの音声」として聞こえるようになる。内容は別に変わらない。ただ、距離ができる。
「脳内の雑音を消す」というOwnSoulのブランドキーワードを、僕はずっと、雑音そのものを消すことだと思っていた。でも、本当に起きているのは、これだ。
雑音は消えない。雑音と自分の間に、椅子を一つ足す。
雑音は引き続き流れている。でも、その雑音を聞いている自分の席ができる。席があれば、雑音に飲まれない。席がなければ、雑音は自分そのものになる。
この席を作るのが、Decentering であり、MBCT の核の練習だ。
MBCT が効きにくい層、効かない状況
正確に書いておきたいので、MBCT の限界も書く。
1. 急性期の重度うつ病には、推奨されない
Segal らの公式マニュアル(第2版、2013)は、明確に書いている。現在重症のうつ状態にある人を、MBCTの8週間プログラムに入れてはいけない。
理由は、瞑想練習そのものが、重度のうつ状態では反芻を悪化させるリスクがあるからだ。静かに座って自分の内面を観察する、というその練習が、重度の落ち込みのなかでは自責の連鎖を増幅しうる。
MBCT は、寛解期(症状が落ち着いている時期)の、再発予防のためのプログラムだ。急性期の治療法ではない。
2. 「やる気」が出ない段階では、8週間続かない
毎日45分の家庭練習を、8週間続ける。これは、軽く言ってそれなりに重い。気分が落ちている最中の人に、この負荷を単独で背負わせるのは、現実的ではない。
臨床現場でも、MBCT は治療チームのなかの一つの選択肢として提示される。認知行動療法、抗うつ薬、運動療法などと並べて、本人の状態と合うタイミングで導入される。
独学で始める場合も、完璧に8週間こなすことを目的にしないほうがいい。3分間の呼吸スペースを、日に数回、できる日だけ。このくらいの入口から始めるほうが、長期的には続く。
3. 教師や構造がないと、自己流になりがちな技術
Decentering は、概念で理解するのは簡単だ。でも、実際に体得するのは別の話だ。Williams と Teasdale が『マインドフルネス認知療法』で繰り返し強調しているのは、訓練された指導者のもとで練習することの重要性だ。
日本では、MBSR や MBCT のプログラムを提供している認定指導者がいる。Google で「MBCT 日本」「マインドフルネス認知療法 プログラム」と検索すると、医療機関と連携した講師のサイトが出てくる。
この記事で書くのは認知科学的な説明までで、本格的に学びたい人は、必ず訓練された指導者につくことを強く推奨する。
気分が落ちた日の、小さな地図
最後に、実務的な地図を渡す。臨床うつ病ではない、けれど気分が沈んでいる日に、占いとMBCTをどう使い分けるか。
占いを開く前に、一度だけ、3分間の呼吸スペースをやってみる。
- 1分目:今、自分の中で何が起きているかに気づく。 気分、身体感覚、頭の中の思考——それぞれを、名付けながら観察する。「今、胸が重い」「今、『どうせうまくいかない』という考えが浮かんでいる」。
- 2分目:呼吸に意識を戻す。 息を吸う感覚、吐く感覚そのものに、注意を集める。思考がそれたら、ただ呼吸に戻す。
- 3分目:意識を、身体全体と周囲に広げる。 足の裏の感覚、椅子に触れている背中、部屋の音、光。
これを、朝一番、あるいは気分が落ちていると気づいた瞬間に。
この3分を終えたあとで、それでも占いを開きたければ、開けばいい。ただ、3分前の自分と、3分後の自分では、占いを読む席の位置が違う。
3分前は、雑音の中から占いを読んでいる。3分後は、椅子に座って雑音を眺めながら、その雑音の一つとして占いの言葉を読んでいる。
占いの言葉は、同じだ。その言葉への距離が、違う。
占いは、気分に物語を与える。MBCTは、気分との間に距離を与える。
両方を持っていて、いい。片方だけで十分、という設計にしないほうが、回復が早い。
参考文献
- Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D. (2013). Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Depression (2nd ed.). Guilford Press.(邦訳:越川房子監訳『マインドフルネス認知療法——うつを予防する新しいアプローチ』北大路書房)
- Teasdale, J. D., Segal, Z. V., Williams, J. M. G., Ridgeway, V. A., Soulsby, J. M., & Lau, M. A. (2000). Prevention of relapse/recurrence in major depression by mindfulness-based cognitive therapy. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 68(4), 615–623.
- Ma, S. H., & Teasdale, J. D. (2004). Mindfulness-based cognitive therapy for depression: replication and exploration of differential relapse prevention effects. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 72(1), 31–40.
- Kuyken, W., Warren, F. C., Taylor, R. S., et al. (2016). Efficacy of mindfulness-based cognitive therapy in prevention of depressive relapse: an individual patient data meta-analysis from randomized trials. JAMA Psychiatry, 73(6), 565–574.
了